東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)137号 判決 1961年7月18日
原告 キヤンブリツジ・フイルター・マニユフアクチヤリング・コーポレーシヨン
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨および原因
原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三四年抗告審判第六六二号事件について昭和三五年六月二〇日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。
一、原告は、もとキヤンブリツジ、フイルター、コーポレーシヨンと称し、米国ニユーヨーク州の法律によつて設立された法人であるが、昭和三三年六月三日に、第一七類空気濾過機を指定商品として、別紙表示のとおり「ABSOLUTE」の英文字よりなる商標の登録出願をし、同年商標登録願第一五、五一七号として審査の結果、昭和三四年一月三一日に拒絶査定を受けた。そこで、原告は、昭和三四年三月一六日にこれに不服の抗告審判を提起し、同年抗告審判第六六二号事件として係属したが、特許庁は、昭和三五年六月二〇日にいたり、右抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、原告は同月三〇日にその謄本の送達を受け、かつこれに対する訴提起の期間を同年一一月三〇日まで延長された。
なお、原告は、その間一九五八年六月一八日に名称を現在のキヤンブリツジ、フイルター、マニユフアクチヤリング、コーポレーシヨンと変更した。
二、右審決の要旨は、「ABSOLUTE」の文字からなる本願商標はこれを指定商品に使用するときはその商品の作用効果が非常に完全なことを誇称するものであり、他人の同様な商品とその出所を区別するための標識とはなり得ないものであつて、旧商標法(昭和三四年法律第一二八号によつて廃止された大正一〇年法律第九九号をいう。以下同じ。)第一条第二項に規定する特別顕著の要件を具有しない、というにある。
三、しかし、本願商標は、のちに詳しく主張するとおり米国はもとよりカナダ、イタリアにおいて登録されてある商標であつて、かつ「ABSOLUTE」の文字が単に指定商品の品質表示として使用されるものとは思料されず、したがつて、本件審決の判断は実験則に反し、法律の適用を誤つた違法のものであるといわなくてはならない。
四、1 本件商標と同一の商標は、一九五六年一〇月一六日に第六三五、九二三号をもつてアメリカ合衆国に登録され、一九五七年五月三一日に第一〇六、八六八号をもつてカナダにおいて登録され、次に一九五九年四月二八日に第一四三、一九七号をもつてイタリアにおいて登録されたものである。これら、わが国に比し英語によく習熟する国において登録された事実は、この商標が単なる品質表示ではないことの証左である。
元来商標は商取引に緊密に関連し、商取引は単に国内のみに限られず、海外取引もあるので、商標の国際性を無視することはできない。もちろん商標に表現される言葉の有するニユーアンスには国により多少の相違があることによつて、各国審査の結果にも多少の相違は認め得ようが、およそ審査主義を採る国においていわゆる特別顕著性につき検討されることは共通であつて、これによつて多くの国で登録適格を認められた場合、いわゆる特別顕著性に関する国際的普遍性を無視し、単に外国法制のもとに審査されたとの一事で、これをしりぞけるべきではない。
2 被告は、「ABSOLUTE」の語を指定商品に使用するときは、「完全な」「無欠の」「確かな」と、その品質又は性能を表現することとなる、と主張する。もちろん、辞書をくれば、「ABSOLUTE」にこのような意味の解釈はされているであろうが、一般商品についてその語がこのような意味を表現するものとして使用されている事実はない。とくに本件商標の指定商品との関係においてこのような表現がされている事実はない。被告は、本願指定商品の性格上きわめて高い精度、性能を要することをもつて、いかにも「ABSOLUTE」の語が品質表示に通ずるもののように主張するが、およそ商品は各々その種類に応じた優秀完全な性能を有すべきものであつて、とくに本願指定商品についてのみに該当することではなく、被告のこのような見解は当を得ない。
元来、Absoluteという英語は、Absolute Alcohl(無水アルコール)、Absolute majority(絶対多数)のように、性格表示的名詞の前に先行して、その性格が「絶対的に」「完全に」なつていることを示す文字であつて、最上級のフイルターを示すためにAbsolute Filterという語が用いられることはなく、このような語は何の意味をも有さないものである。また本願商標の指定商品である空気濾過機といえども、他の商品と同様に用途に応じて精度性能を異にし、とくに被告の主張するようにすべてが高い精度性能を有すべきものとは限らない。
3 本件商標は、わが国において原告会社製のエアーフイルターの一種類の固有名称として、取引者、需要者間に認識されてきた。すなわち、原告会社の右製品は、わが国において原子力研究のやゝ盛んとなつた昭和三三年五月以来、放射性空気濾過の必要上輸入使用され、その商品の性質上比較的狭い範囲の関係取引者、需要者間において本件商標は原告会社製のエアーフイルターの一種類の固有名称としてひろく認識されているのである。現在わが国においてエアーフイルターにつき他に「ABSOLUTE」の名称を使用するものはなく、右商標はすでに原告会社製の空気濾過機を表示するものとして、使用による顕著性を獲得しているものというべきである。
以上に主張したように、本件商標は一般に品質表示として使用されている事実はなく、かえつて原告会社製のエアーフイルターの固有名称として取引者、需要者間にひろく認識され、他にかゝる名称を使用するものがなく、もしそれが一般に使用されるようになつたとすれば、原告会社の製品と誤認混同を来し、取引上の混乱を生ずるにいたることは、明白な実情にあるものである。
五、よつて、違法な右審決の取消を求める。
第二答弁
被告指定代理人は、主文どおりの判決を求め、次のとおり答弁した。
一、原告主張の請求原因事実中、原告がその主張の外国法人であること、原告の商標登録出願から拒絶査定があり、これに対する抗告審判の審決の謄本が原告主張の日に原告に送達され、かつ出訴期間が原告主張のとおり延長されたまでの特許庁の手続の経過に関する点、原告の名称変更の点、および右審決の要旨が原告主張のとおりであることは、争わないが、右審決が違法であるとして原告が主張する点は争う。
二、1 原告は、本件の商標と同一の商標が米国、カナダ、イタリアにおいて登録されている事実をあげて、わが国においても本件商標が登録せらるべき適格性を有するものと主張している。しかし、他の諸国において異なる法制のもとに審査され、登録されたからといつて、当然にわが国の商標法のもとにおいても登録の適格性を有し、登録せらるべきものであるとすることはできない。
2 さらに、原告は本件商標は指定商品の品質表示として使用されるものとは思料されない、と主張する。
しかし、本件出願商標は、普通に使用される書体をもつて「ABSOLUTE」の欧字を表示してなるものであつて、その書体において何ら特異の点がないこと、商標自体において明らかである。また、その指定商品である空気濾過機は「空気調和装置、内燃機、空気圧縮機にて吸入空気中の塵埃を濾過、取り除く装置」(非凡閣発行、最新工業大辞典)であるから、きわめて高い精度、性能を要することは、論をまたない。したがつて、「完全な」「無欠の」「確かな」等を意味する「ABSOLUTE」の欧字を商標として商品、空気濾過機に使用するときは、単にその商品の品質又は性能を現表することとなり、その商品の作用、効果がきわめて優秀であることを誇称するに過ぎないものと認め得られること、審決の説示するとおりである。
そして、表現において特異の点がなく、単に商品の品質又は性能を表示するに過ぎない文字については商標権の効力がこれに及ぷべきでないことは、旧商標法第八条第一項の規定によつて明らかである。このような文字は、この種の商品の営業者は何人もこれを自由に採択、使用しうべきであり、特定人にこれを専用せしめる性質のものでない。したがつて、本件出願商標は旧商標法第一条第二項に規定する特別顕著性を欠如するものと判断せざるを得ず、この見地から示された本件審決には何ら違法の点はない。
三、1 商標の国際性の重視とそれぞれの国の商標法の適用されるべき範囲とは別問題である。
審査主義を採る国において一般に商標の登録出願があつた場合にその特別顕著性について審査を行うことは共通であろうけれども、他国において商品、空気濾過機について「ABSOLUTE」なる語につき特別顕著性が認められたといつて、わが国の商標法にもとづいて審査をしている日本の特許庁がこれと同じ判断をするように拘束されるものではない。特許庁がわが国の商標法にもとづき、わが国の社会事情等を考慮して、他国と異なる判断をしたとしても、決して特別顕著性に関する国際的普遍性を無視したとのそしりを受けるものでもない。本願の商標と同じ商標が米国、カナダおよびイタリアにおいて登録された事実があるからといつて、言語、宗教、習慣、経済、人情、法制等を異にするわが国において「ABSOLUTE」の語が商品、空気濾過機について品質表示であるとした判断をくつがえすべき理由とはならないものである。
2 「ABSOLUTE」の語は、わが国において一般に「絶対の」「無欠の」「完全な」「確かな」等の意味を表現する語として使用されており、また商品、空気濾過機が、使用に際しての技術上の要請等からきわめて高い精度、性能を要するものと認められていることは、事実である。したがつて、「ABSOLUTE」の語を空気濾過機に使用するときは、単にその商品の品質又は性能を表現することとなり、その作用、効果がきわめて優秀であることを誇称するに過ぎないものと認められるのであつて、これと同じ認定をした本件審決を違法なものとすることはできない。
3 原告は本件商標につき使用による顕著性を取得したとの主張について、原告はこのような主張を審査および審判のいずれの段階において一度もなすことなく、本件訴訟の段階にいたつて突如これをなしたものであるから、審決取消請求の訴訟が審査、審判の続審でないことを考えれば、この点に関する原告の主張は採用に値しないものといわなければならない。
仮に原告が本件審査、審判の段階でこのような主張をしていたとしても、原告は右主張を認めるに足りる何らの証拠を提出しておらず、右主張事実を認めることができないので、原告の主張はその理由がない。
現在他に「ABSOLUTE」の語を使用するものがないという点については、この語が審決認定のとおり特別顕著性の要件を欠く以上、たとえその点が原告主張のとおりであつたとしても、これをもつて審決をくつがえすべき事由とはなり得ない。
以上のとおり、本件審決を違法とすべき何らの理由はないのである。
第三証拠<省略>
理由
一、原告がもとキヤンブリツジ、フイルター、コーポレーシヨンと称し、米国ニユーヨーク州の法律にもとづき設立された法人であつて、わが国特許庁に対しその主張の商標登録出願をしたが(昭和三三年商標登録願第一五、五一七号)、拒絶査定がされたので、これに不服の抗告審判を請求したが(昭和三四年抗告審判第六六二号)、昭和三五年六月二〇日いたつて、右抗告審判の請求は成り立たない、との審決がされ、同月三〇日にその謄本が原告に送達され、かつこれに対する出訴期間が同年一一月三〇日まで延長されたこと、一九五八年六月一八日に原告の名称が現在のキヤンブリツジ、フイルター、マニユフアクチヤリング、コーポレーシヨンと変更したこと、および右審決の要旨が原告主張のとおりのものであることについては、当事者間に争がない。
二、成立に争のない甲第一号証および前記争のない事実によれば、本件出願商標は、別紙表示のとおり、単にゴシツク体で「ABSOLUTE」の欧文字を横書してなるものであつて、第一七類空気濾過機を指定商品とするものであることが、明らかである。
ところで、本件商標を構成する「ABSOLUTE」の英語は、「絶対の」、「無欠の」、「完全な」等を意味する形容詞であること、成立に争のない乙第一号証の二(三省堂、最新コンサイス英和辞典)によるも明らかである。そして、右商標の指定商品たる空気濾過機は、「空気調和装置、内燃機、空気圧縮機にて吸入空気中の塵埃を濾過、取り除く装置であること、成立に争のない乙第二号証の二(非凡閣、最新工業大辞典第六巻の記事)により明らかであり、かつ成立に争のない甲第九号証の二(日刊工業新聞社発行の原子力工業第五巻第八号の記事)によれば、空気濾過機(フイルター)は、用途にしたがい、高度の精度、性能を要求されることを認めることができる。そこでで、このような商品である空気濾過機について「ABSOLUTE」なる語を用いるときは、絶対的な精度あるいは完全無欠な性能を有する空気濾過機の意味となり、単に商品の品質、性能を誇称する一般的な意義を有するに過ぎないことになると認めるのが相当であり、前記甲第九号証の二の記事からもうかがわれるように、本件空気濾過機のような商品については、商品そのもの、あるいはその性能等に関し外国語をそのまゝ用いることがしばしばあるという事実を考えあわせれば、単なる「ABSOLUTE」の語だけではこれを商品、空気濾過機に用いて、自他の商品を識別させるに足るだけの適格を欠くものと認めなくてはならない。このことは、旧商標法第八条に、「商標権ノ効力ハ普通ニ使用セラルル方法ヲ以テ・・・・其ノ商品ノ・・・・品質、効能・・・・ヲ表示スルモノニ及ハス」としたことから考えても、当然である。本願商標は、普通に用いられるゴシツク印刷体のローマ字大文字体で単に「ABSOLUTE」と横書したに過ぎないことは、別紙表示のその構成に徴して明白であるから、指定商品空気濾過機について用いるときは、旧商標法第一条第二項の特別顕著の要件を欠くものと認めざるを得ない。
三、成立に争のない甲第三、四、五号証(各登録証明書)によれば、本件商標と同一構成の商標が、アメリカ合衆国、カナダおよびイタリアの各国において、空気濾過機を指定商品として原告主張のとおりそれぞれ登録されている事実を認めることができる。しかし、ひとしく商標登録につき審査主義をとる諸国においても、その法制および取引その他一般社会事情の相異にもとづき、独自の見地において商標の特別顕著性を判断し得ることは当然であつて、他国における判断に拘束せらるべきではないこと、言うまでもない。原告は、取引の国際性にもとづいて、その判断にも国際的な普遍性があるべきである、と主張するが、わが国においてわが国法制のもとに商標登録を許すべきであるかどうかを判断するものである以上、わが国の実情を主として考えるべきであつて、その結果があるいは他の諸国の先例と、そごするようなことになつても、やむを得ないとしなければならない。
四、最後に、原告はすでに本件商標につき使用による顕著性を取得した、と主張するが、原告が本件審査および審判の段階においてそのような事実を主張したことがないことは、その明らかに争わないところであるのみならず、本件訴訟における原告の全立証によつても、そのような事実を明認するに足りないので、原告の右主張はこれを採用することができない。
五、原告の本件出願商標は旧商標法第一条第二項に規定する特別顕著の要件を具有しない、として、右商標の登録出願を拒否した本件審決は、結局正当たることを失わず、これを取り消すべき何らの違法の点を見出すことができない。
よつて、その取消を求める原告の請求を理由がないものと認め、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内田護文 入山実 荒木秀一)
本件出願商標<省略>